まち歩き企画第四弾 in塩山

こんかいの問い
中央本線はどうして塩山駅で湾曲しているの?

「甲斐の鎌倉」塩山

今回は帰省を兼ねてメンバーの地元・塩山(山梨県甲州市)を歩きます。塩山駅に降り立ち、さっそく周囲を散策します。北口に出てすぐに目に入ってくるのが甘草屋敷です。江戸時代の豪農の屋敷を保存しているもので、圧倒的な存在感を感じます。「甲斐の鎌倉」と呼ばれるだけあって、駅は観光案内所を備え、多くの観光バスが発着しています。さて、どう歩こうかと地図板を見ていると、ふと疑問が。周りを見ると基本的にまっすぐに引かれている中央線、それがなぜかこの塩山駅の部分だけ大きく北に湾曲しています。そんな疑問を抱きつつ、塩山駅から南に歩きます。

一帯を散策

メンバーのかつての行きつけであるラーメン屋で昼食です。駅前はシャッター通りですが、このラーメン屋は地元の根強い人気でいまでも頑張っています。Webで検索してみると、「不定休(※店主の体調次第で稀に休業)」とあり、かなりアバウトです。さて、そこから見通しのよい大通りを下ると、スーパー、家電量販店、飲食店や病院などがまとまっており、駐車場には車がいっぱいです。この状況を見ただけでも、塩山が車社会で道路や駐車場がとても重要であるということを、少しだけ感じることができます。そこからしばらく東に歩くと、南北に流れる重川を境にかなり勾配が厳しくなり、畑やビニールハウスがどっと増えました。少し汗ばんできたころに、メンバーのお気に入りである牛奥みはらしの丘に到着しました。この場所からは、塩山だけでなく甲府盆地全体を見渡すことができます。中央には、塩山の地名の由来にもなった「塩ノ山」もはっきりと見えます。こういう景色を見られるのは盆地の特権だなぁ…なんて感動してしまいました。

「天下の雨敬」雨宮敬次郎の存在

塩山駅に戻る途中、再び重川を渡ろうとすると「雨敬橋」なる橋を発見、傍らには石碑が。ここに、今回の問いのヒントが記されていました。かつてこの塩山には、雨宮敬次郎という実業家・投資家がいました。「天下の雨敬」の異名をとった彼は、鉄道事業にも乗り出し、現在の中央線の前身である甲武鉄道へも大きな投資をしていました。この雨敬の政治力によって、彼の家の近くを通るように中央線が湾曲して敷かれたとされています。この言い伝えは塩山では有名で、「雨敬さん」といえば多くの人がこの話をしてくれます。かつてはいま以上に、権力者の力が大きかったのかもしれませんね。ちなみに、いまでは雨敬の家は、敷地はそのままに「雨敬園」という果物園になっていました。都外のまち歩きもいいですね。次のまち歩きは都内かな?

 

こんかいの答え
「明治の鉄道王」雨宮敬次郎の家の近くを通すため
参考URL:https://www.yamanashibank.co.jp/aboutus/museum/